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2014 年 12 月 のアーカイブ

今年を振り返って 仕事・・・自分の事業について

2014 年 12 月 31 日 コメントはありません

続けて書くことにしました。

2009年4月に独立し、ホームページを作成。
同時に、事業として、
中小企業診断士としての経営コンサルタント業、
GxP QAコンサルタント事業
翻訳事業

の3本を事業の柱として、やってきました。

そして、昨年10月から、弥生が丘の中に事務所を開所し、従業員も雇いました。
私の事業の理念、将来の目標に、障害者雇用1万人の企業を作る。というのがありますが、
私の最初の障害者雇用の第1号として、最初に精神に障害をもった人を雇いました。

不安なスタートでしたが、途中まではなんとか続きそうな気がしていましたが、3ヶ月後、
突然、やっぱり無理です。やめます。と、電話で連絡があり、最初の障害者雇用は失敗に終わりました。

仕事の内容が知的労働が多く、考えることを求めているので、自分で決めて行動することのできない、障害を持った人(精神障害、アスペルガー症候群等)には、難しい仕事でした。

将来、そういう人を雇える事業をはじめることは、別で考えるとして、そこからは、
自分の事業をどうやって伸ばせるか。。。考えることにして、英語力を強みに事業を組み立てていくことにしました。

GxP QAの事業を伸ばしていこう。
そう考えて雇った2人は、英語ができるので、薬業を中心に私の仕事の内容を英訳する練習をしてもらっています。
その他、行政文書の和訳、私からのときどきのアドバイスも含めながら自主的に勉強会もやってもらっています。

そんななか、少しづつ、この事業も軌道に乗り出し、私自身も市場をつかめそうな気がしてきました。
(市場が見えた感じ)
診断士としての目が効いている気がしますが、年明けから、東京で臨床試験の監査担当者を雇うことにしました。
そして、まだ、なかなか進みませんが、資金繰りをなんとかして、事務所とあと2人ほど、監査担当者を雇いたいと考えています。

始めるからには、ここからはスピードが必要になりそうなので、来年の前半は、ほんとに忙しくなりそうです。
その間、お金も稼いでいかないといけないので、仕事自体も忙しくなることが予想されます。

どんな風に忙しいのか、想像に難くないですが、ワクワクもしています。
資金繰り、人の確保、事務所開設、営業、ほんとに忙しくなりそうです。

東京事務所では主に、GCP監査の事業を考えて展開を進めていきますが、
そのあとGMP監査、そして、
国際薬事能力で、技術コンサルティングもやっていく予定です。

診断士の事業では、
Disttyさんからのビジネスマッチングを支援するLinkers という事業の九州地区統括コーディネータをさせていただくことになりましたので、診断士ということではないかもしれませんが、診断士で構築した能力とネットワークを駆使して、この事業の拡大を図っていきたいと思っています。

おそらく、この仕事そのものは、Distty さんの事業ですが、わたしもこの仕事にかかわらせていただくことで、何か新しい発見が出てきそうな気がしています。それが楽しみで、私自身の新しい事業に繋げていくことができれば。。。なんて、甘くはないと思いますが考えています。

翻訳事業については、
今のところあまり受注はありません。もっと積極的にとは考えていますが、単なる翻訳ではなくて、訳したものを売る仕事を考えたいと思っています。どの分野、どんな翻訳になるかは、まだ、今からの検討になりますが、少しづつでも進めたいと思っています。

ほとんど振り返りにはならなかったかな。
これからのことに終始してしまった感じですね。

あまり後ろを振り返らない性格なので、しょうがないのかな。

来年1年も突っ走りたいと思います。
特にGxP QA事業。拡大します。内容は、順次報告していきます。

よいお年をお迎えください。

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今年を振り返って 事業以外の仕事について

2014 年 12 月 31 日 コメントはありません

先ほど、ランニングについての今年の振り返りを書かせてもらいましたが、
次は、事業以外の仕事について、書いてみます。

仕事(本業は)は、本業でこの次に振り返りを書いてみます。

事業以外の仕事とは?
境目が難しいところもありますが、私の負っている主な役割としては、

1.鳥栖市弥生が丘南区 区長
2.鳥栖市手をつなぐ育成会会長
3.佐賀県手をつなぐ育成会副会長
4.(一社)佐賀県中小企業診断協会 専務理事
5.Toastmasters (Club District 76 Division F) Area 63 Area Governer
6.その他・・・もろもろ。

など、いろいろありますが、仕事をしながら悩みまくった一年でした。
もともと、こんなに引き受けなきゃいいのに。。。と言われそうですが、
引き受けてしまったので仕方ないので、なんとか続けてきています。

仕事もほんとに忙しいのに・・・って。
この仕事も本業も、ここだけは忙しいことを口にしますが、
普段は、”忙しい”ことを理由とした、逃げ口上は禁句。
個人事業者としては、行ってはいけない言葉と思っています。

なので、普段はできるだけ平常を保ち・・しかし、内側は泣きそうなくらい、つらいことも。。

すべての仕事に、いろんな思いがあるので、それぞれ振り返ってみたいと思います。

1.鳥栖市弥生が丘南区 区長
鳥栖市の中に、行政区が70余り、その中でもう一人、若い人もいたような気がしますが、48歳の時に区長を引き受けてしまい、4年目になります。4年目で現在は51歳ですが、それでも、私の所属する田代区長会で14名の区長さんの私以外の平均年齢は70歳は超えると思います。その中での若手バリバリの区長です。(市内の他の区長さんでも、私より若い人?着たことがあるような気もしますが・・)

月1回の区長会、まりづくり推進協議会、町(弥生が丘南区)の班長会、そしてそれぞれの町内、地区内のイベントで拘束されることも多い。他の役での仕事や会議を入れると、休み(土日)と夜から予定が埋まる。

区長会、まち協関係の仕事は、区長会会議や文化祭、地区社会福祉協議会、交通対策協議会、体育協会、それから、区長さんだからということで、小中学校、幼稚園、保育園のイベントに呼ばれる。町の中に、できる大きな施設があると竣工式、起工式など、、呼ばれることも多い。それに、最近、選挙が続いてますが、投票所の立会の仕事も区長さんの仕事。

それに加え、町は町で、月1回の班長会、年2回の一斉清掃、お祭りのお手伝い、運動会、子供たちの見守り、子供クラブのイベント(夏休みキャンプ、餅つきなど)、65歳以上の集まりのふれあいいきいきサロンのイベント・活動への参加。年1回の敬老会。。などなど。

このほかにも、町の苦情をくことも仕事。その中で町としてできることがあれば、そのまま私の仕事になってきます。

この仕事だけでも、全部出ていれば、普通の仕事になるくらい。やることはたくさんあります。
一生懸命やっているつもりではあるけど、イベントへの欠席は多くなります。

仕事もあるし、他の所属団体のイベントも。

そんな中でも、やって観たいことがあったかた引き受けたこの仕事。
障害者福祉に繋がることは???、区長でなにが分かるんだろう、何ができるんだろう。。。と。

しかし、こうすれば。。といろいろ思いつくことはありますが、行動が間に合わない。ついていっていない。

それでも、私の「会議をまとめていく力」と「敵を作らないお人好し」の能力は、役に立っているかな?と
区長会や班長会、その他の会議体、町のなかでもいざこざ。。が起こると役に立ったと思うこともあります。

きつかった話ばかりですが、
よく動いてくれる、区長代理と会計さん、がいてほんとに助かっています。
私が普通に仕事をしていることも承知の上での 今の”役”ですので、周りの方も一応はわかてくれれいます。

しかし、出張も多くなってきた本業もあるので、適任でないことを痛感することも多くなりました。

来年、田代地区から弥生が丘地区が分離独立して、新しい地区ができます。
そのなかで、私は今のところ、区長会副会長と地区社会福祉協議会の会長職が予定されています。

状況が状況だけに、十分にこなしていける自信はありませんが、スムーズな地区の立ち上げは、今のこの仕事の大事な仕事の一つです。
それに、地区の避難所、公民館の確保、蛍を育む活動については、もう少し道筋をつけておきたいと思っています。

今季で職を辞したいところではありますが、なかなか、そうはいかない。
もう一年、なんとか踏ん張って、次の方に引き継げればと考えています。

いろんな人とお付き合いする機会があり、ネットワーク、町の歴史、子供たちのこと、自分自身は成長させてもらっています。
この職をさせていただいて感謝の気持ちもありますが、ぎりぎりの状態です。なんとか、次に引き受けてくれる人も探さなくては。

2.鳥栖市手をつなぐ育成会会長
こっちの仕事は、今年で6年目です。
若いお母さんたちがなかなか会員になってもらえず、会の高齢化は大きな問題です。
当然、役員の方たちも、私より年上。かなり。

若いからという理由で、いろんな仕事が回ってきます。
私パソコンできないから。。。あれできない。これできない、といわれる中での会長職になっています。

この会は、歴史も古く、県の手をつなぐ育成会に先駆けてできた、佐賀の中では最も古い、知的障害者の親の会。
そのなかでの会長職は、行政や学校関係者からの注目度は高く、障害者福祉を考える団体としては責任も重い団体です。

こういう団体だから、いろいろな場面で、会長としてのの発言力もあり、おもしろい面もあります。

今年一年を振り返ると、会議体では役に立ったような気もしますが、会そのものの運営は50-60点。
月1回の役員会をなんとか回し、イベントの道筋をつける。
もっと、時間を使えれば・・と思うけど、時間がなく、気力も充実させることのできないことも多くなってきています。

この職もそろそろ、引き継ぎたいと考えているところですが、
そのためにも、新しい会員の勧誘、会としての新しい活動をなんとか展開しなくてなならないと思っています。

会としてのアンケート調査活動、法人成年後見制度、障害者差別解消法の施行に向けた活動など、考える方向性はいくつかありますが、さて、どうなるでしょう。私自身もよくわからない。時間があれば、できることはたくさんあるのですが。。。

3.佐賀県手をつなぐ育成会副会長
先日、会長交代がありましたが、なんとか会長職からは逃れました。が率直な印象。
私の地区(三神地区(神埼、吉野ヶ里、みやき町、基山町、鳥栖市など)からは会長を期待される声もありましたが、
目の前を通過する会長へのあて職に関する情報の量を見て、とても引き受けられるものではないことは分かるので、初めて”だんまり”をやり、競技の結果、長引きましたが順当に年長の副会長M岡さんが、会長職を引き受けてくれました。

とはいえ、副会長職はしばらくやめられそうもなく、いろんなイベントのリーダーを引き受けることになりそうです。
ひとつは、3月8日に計画している”ふれあいコンサート”。今のところ、事務局をやきもきさせながら、なんとか、順調に準備は進んでいますが、少しの作業がなかなかできない状況になってきています。

佐賀県の手をいつなぐ育成会の副会長、鳥栖市の会長ということで、三神地区の支部長職のような職もあります。
障害者自立支援協議会でも、分科会の会長等、”役”を引き受けることにもなっています。

鳥栖市だけでなく、三神地区、鳥栖・三養基地区でも、いろんなイベントが計画されます。
なんとか、会議の場では、処理できてはいますが、これもつらい。

ときどき、逃げ出したくもなりますが、私の存在意義、私の独立した契機にもなった活動ですので、なんとか貢献はしたいと思っています。つらいけど、頑張るしかないですね。

4.(一社)佐賀県中小企業診断協会 専務理事
私が独立して以来、もっともお世話になっている団体です。
中小企業診断士として、仕事ができるようになったのも、この団体や現会長のI藤さんには本当にお世話になっています。
そのなかで、I藤さんと一緒になって、盛り上げてきた佐賀の協会ですが、私たちの活動が、県外の協会にも影響を与えているようです。

この協会は士業ではありますが、個人差が大きく、中小企業診断士という資格をもっているからという理由だけでは、うまくいかず、
安易に診断士の先生を派遣すると、お客さんからの不満も多い士業です。

そんななか、診断士の教育、どうやって教育したら。。と各県協会から案が出されていた中、
仕事でしょう、仕事をさせながら育てていくしかないという考えで、受託事業を増やしている佐賀県協会の活動を紹介すると、各県とも、少なくとも九州各県の協会が、その考え方についづいしてきており、

九州沖縄ブロックの会合があるたびに、各県協会からの新しい受託事業や自主事業の報告が始まるようになりました。
最近では、九州だけでなく、九州外の協会からも注目されるようになってきています。

佐賀県協会も、今年度は約8000万円の売り上げを予定しています。
その中でフリーの診断士が私を含め10名あまり。皆さん忙しい毎日になっています。

最近は、事業の企画書を書く係が他の方に移ったので、以前ほど、直接的に協会の仕事をすることはなくなりましたが、それでも、お世話する仕事はたくさんあります。

また、この役職をしているから、できるネットワークもあり、得と考えられることもたくさんあります。
自分自身の成長に繋がる活動の一つであり、積極的とまではいけませんが、これもできる限り貢献できるよう尽力していきたいと思っています。

5.Toastmasters (Club District 76 Division F) Area 63 Area Governer
あまりできていないな。。。が率直な感想。
7月から引き受けている役職ですが、当初から(時間がないから)「無理でしょう」と思っていて、最初のうちは時間を見つけては、仕事をしていた部分もありますが、これも自己採点では50店前後かな。不合格です。

全国のArea Governoeが参加する、ECM会議は今まで3回行われていますが、一度も参加できていません。
第4回も2月に計画されていますが、???時間が。

それに、3月8日にはArea Speech Contestが計画されていますが、自分が責任者を務める佐賀県手をつなぐ育成会の”ふれあいコンサート”の日程と重なっていて、主催の長であるのに、参加できません。

Area内(福岡、大宰府、久留米、佐世保、長崎)のクラブを回る仕事も、なかなかできていません。今かで2か所。
各クラブ2回以上回ってください。ということですが、平日にミーティングされているところも多いので、完了はできそうにないです。
今年6月までの職ですが、どうなるか。

英語や女性の多いクラブでもあり、私に活力を与えてくれる活動の一つですので、できるだけ協力したい、自分にできることは貢献したいと思っているところですので、少しずつでも、協力できるように頑張るしかないかな。。などと考えながら、続けています。

クラブそのものの活動は好きだし、これも頑張るしかないですね。

6.その他・・・もろもろ。
鳥栖市民活動ネットワークの理事も務めていますが、今年は全く、さっぱり、活動に参加できていません。
鳥栖商工会議所の経営研究会の副会長 ・・・会議参加率、半分くらい。。かな。最近はあまり力になれていない感じです。

上記の他、あて職をいれるとまだほかにもありますが、
来年から、この後書く予定である、仕事もかなり忙しくなりそうなので、これらの仕事に使える可処分時間は、これからも少なくなってきます。来年1年、悩みは拡大しそうですが、怒られても、どうしても、乗り切っていくしかありません。

愚痴ばかりの書き込みになりましたが、これが私自身の一面です。
次は仕事について、元旦の書き込みになるかな。

以上です。

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今年の振り返り まずはマラソンから

2014 年 12 月 31 日 コメントはありません

今朝のランニングで今月の走行距離が410km、一年の走行距離は4204kmになりました。
我ながらよく走りました。

◆私のランニング中はメディテーション(瞑想)の時間。
悩み事萬歳の毎日を過ごしていますが、この時間のおかげで次の一歩を決めることができます。

あとは、どうやって進むか、一歩一歩の進め方を考えるのみ。
うまくいかないときも多いのですが、この時間のおかげで、ダメなら次を考えることができます。
気持ちを前向きにしてくれる大切な時間です。

そして、いつも悩みごとの相談を聞いてくれた3つの神様。
大山祇神社の神様、河内ダムのお地蔵さん、そして朝日(天照大神様)。
今年一年ありがとうございました。

大山祇神社参り:109回
お地蔵さん参り:211回
(同じ河内ダムを登る私の練習コースで、お地蔵さんで折り返して12.5km、大山祇神社を折り返して約16kmのコースです)

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◆記録で振り返ってみたいと思います。
今年で一番良かったタイムは、各距離で、
10km 鳥栖ロードレース 記録:46分54秒 (自己ベスト44分43秒 at 2008年1月)
 ・・・なんとか46分台
ハーフ 横島町いちごマラソン 記録:1時間39分(自己ベスト1時間37分22秒 at2006年2月)
 ・・・超久しぶりに100分を切りました。
フルマラソン :青島太平洋マラソン 記録:3時間42分16秒(自己ベスト1時間42分12秒)
 ・・・練習内容も充実し、一皮むけた感じのするレースでした。
100km サロマ湖ウルトラマラソン 記録:11時間46分 (自己ベスト11時間26分)
 ・・・阿蘇カルデラも走りましたが、どちらも暑さと、ペース配分が未熟でした。
その他
70km  萩往還70km 記録:8時間35分
42km 金峰三山山岳マラソン 記録:5時間02分 (自己ベスト33分短縮)

◆昨年(2013年)は、怪我が多く、1月の左足、ふくらはぎとアキレス腱の間付近の軽い肉離れ?から始まり、 
阿蘇カルデラ出走直前の転倒、そして右臀部の肉離れ、35km付近途中棄権、
9月に1月の肉離れの再発、10日前になんとか痛みがとれ、四万十川ウルトラマラソンに出走。
途中棄権覚悟でスタートラインに立ち、走っている途中で発生した膝の痛みと格闘しながらの完走。
この時、人生のドラマを感じましたね。

この悔しさから、今年6月阿蘇カルデラとサロマの2つの100kmを走る計画を立て、
100km走っても壊れない体を目標に、300km/月をノルマに練習することを決意し、
予定通り、6月の100km 2本 を走り、体も壊さず、乗り切ることができました。

記録は、目標としていた10時間台、あわよくば10時間30分には遠く及ばず、サロマ湖で11時間46分、自己ベストから20分遅いタイムでのゴールとなりました。

練習してきた割には、どこか虚しい結果でした。 

そして、次のレースとして想定していた、四万十川ウルトラマラソンの抽選に落選し、
同じ日に行われる 出水ツルマラソン(42.195km)に出走。

今年の練習量と一つだけ、ニンジンを目の前にぶら下げ、3時間40分台を目指して走りだしましたが、
この日、暑さが厳しかった(最高気温32度)こともありますが、最初飛ばし過ぎで、後半の途中気持ちもキレてしまい、なんと4時間30分の大敗北。

昨年の阿蘇以来、ほんとに悔しい思いをしました。

ここから、気分が変わりました。
もう一度、ニンジンをぶら下げ直し、
次は「絶対に取りこぼししない/できない」と決意し、練習量を増やしました。
体重も減らす決意をしました。(減量開始)
長い距離の練習に加え、6kmの短い距離の練習もするようになりました。

そして臨んだ青島太平洋マラソン。
サプリには一切頼らないようにしよう。「素で勝負」を心に決め。
レーススタート。

前半、ペースのつかみ方が分からず、4分50-55秒/kmペースで走りだし、
どこかで5分ちょうどくらいに落とさなきゃと思いながら、30km付近まではそのペースが続き、
そのあと、(予想通り?)急に失速してしまい、結果は、自己ベストに4秒足りない3時間42分16秒。

とりこぼしちゃった。

30km付近で、これで休まず走れれば、自己ベスト、そして3時間30分台、間違いなしと思っちゃって、気が緩んでしまったようで、
失速が始まり、結局、自己ベスト付近の記録にとどまってしまいました。

この時、気持ちを切らさず、緩めず、あと5km走れていたら・・・は後の祭り。

しかし、終わってしばらくして、考えてみると、
10月の出水ツルマラソンの惨敗以後、ほんとによく頑張りました。
練習内容を変えたおかげで、記録もベストの時付近まで持ってくることができるようになりました。

「どうやって年齢に打ち勝っていくか?」
これが当面の課題ですが、糸口を見つけたような気がしています。

ニンジンと神様たちに感謝し、
来年は今年破れなかった記録を1つでも多く破り、
スパルタスロン、グレートレースに挑戦できるよう、頑張りたいと思います。

まだまだ往生際の悪いアスリートを目指します。

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写真が届いたのでアップ 青島太平洋マラソン

2014 年 12 月 30 日 コメントはありません

天気と背景は最高!!

最もへろへろの35-7km地点の写真です。
やっと作った(笑?)顔とポーズ。

でもなんか、ランナーっぽくないな??

青島太平洋マラソン

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難所ヶ滝 宝満山 登山

2014 年 12 月 28 日 コメントはありません

今日、息子と難所ヶ滝から宝満山に登るコースで山登りに行ってきました。

午前4時。目覚ましで起きるはずが、(4時に目覚ましの聞いたものの)目が覚めたのは5時13分。
一人で唖然・・

4時に起きて、ちょっと仕事して、5時からいつもの大山祇神社への16kmのコースのランニングで、
午前7時前には帰ってきて、8時に家を出て、9時から登山開始。。これが、当初の頭の中の予定でしたが、
いきなりずれてしまいました。

結局、6時10分ごろ、ランニングスタートして、16kmのコースではなくて少しショートの12.5kmのコース。
7時20分ごろ帰ってきて、バタバタと登山の支度をして、9時に漸く家を出ました。

途中、若干道に迷い。
午前10時ごろ、宇美町の「昭和の森」の駐車場に到着。

そこから、難所ヶ滝を目指し、10時05分 登山開始。
目指すは、この光景。ワクワクしながらの登山開始でした。
(2-3日前は雨の予報だったので、前日天気予報を確認し、、ほんとにワクワクしてました)

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通常なら、昭和の森の駐車場から90分くらいで難所ヶ滝には、到着できるようですが、
それはそれ、息子と一緒に登るので、2時間くらいかな・・と、ゆっくり登山開始。

コースは、「昭和の森」から、川原谷を登り、途中、分岐をいくつか確認しながら「難所ヶ滝」へ、そこから、三都山、仏頂山、宝満山 へと続く、稜線の山道へ出て、宝満山まで。
そのあと、うさぎ道から途中で、川原谷に戻り「昭和の森」まで、帰るコース。

老若男女、いろんな人に抜かれながらゆっくりのペースでした。

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↑ いつもは文句言いながらだけど、今日は素直についてきました。

↓ 少し疲れると・・勝手に休みます。(カメラを向けると、条件反射のピース)
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それでも、予定より10分早い、110分後、午前11時55分ころ、難所ヶ滝に到着しました。

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↑ この写真は、「大つらら」、少し手前の「小つらら」。しかし、ここで氷がほとんど見えず・・・

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↑ 川原谷の大つらら 現場・・・但し、氷少なし。
↓ 氷が落ちて溜まってました。
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途中、”小つらら”のところで、「やっぱり、今日はすこし暖かいかな?」と感じながらの登山で、
だんだん期待は薄くなりながらの登りになりましたが、
それでも、目的地では、多少の氷とつららを見ることができたので、なんとか”目標”はクリアした感じです。

しかし、そこであった人に話を聞くと、先週(23日)はけっこう大つららができていたみたいで、
今日は「残念」とのことでした。

当初は、雪中登山もイメージしながらの登山でしたが、
今日の温かさは、正直いって、拍子抜けの感じで、難所ヶ滝の氷が少なかったのを見て、更にというか決定的に拍子抜け。
せっかく(念のためですが)”軽アイゼン” まで買ってきたのに・・・

寒波が続く1-2月が、いい時期のようですので、改めて、登ってみようと思います。
スケジュールで次にいけそうなのは、1月25日?かな。(早めに手帳に記入しておきます。寒波が来ていますように!)

今日の登山は「下見登山」とうことで、まっいいか。って感じでです。

話は変わりますが、
何箇所か険しい登りはあるけれど、一人だと、トレイルランの練習にはちょうどいいコースのようにも見えました。
誰かのブログでは、昭和の森から35分とか。。。。そんなもんだろうな。。と思いながらの難所ヶ滝到着でした。

難所ヶ滝からは、そのまま、滝の横を登り、三都山から稜線沿いのコースに入り、仏頂山、宝満山へと向かいました。

難所ヶ滝から、1時間くらいで宝満山かと見込んでいましたが、
難所ヶ滝からの稜線沿いの山道へのルートまでが以外と時間がかかり、仏頂山まで、1時間10分、そのあと30分で宝満山で、午後1時くらいに宝満山登頂と思っていましたが、30分遅れの午後1時30分に宝満山の山頂にたどり着きました。

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途中、12時を回っていて、自分もおなかがすいてきたので、
2-3度、弁当(めし)食おうと、息子を誘いましたが。。。なぜか拒絶され、結局宝満山の山頂で昼食(午後1時30分過ぎ)。

彼にしてみれば、山に登るときは「山頂で食事」を決めてるのかもしれません。
但し、彼の場合、おにぎりを食べる出なく、フライドチキンとスナック菓子(じゃがりこ、ポテロングなど)そしてドーナツが昼食でした。

いずれも彼の好物ですが、ふつうのお弁当を食べないので、こんなのが山登りの時の昼ごはんになります。

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↑ 宝満山山頂

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↑ もくもくと じゃがりこ を食す。。。一応条件反射のピース。

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↑ 下山直前の山頂から

宝満山からは、うさぎ道・・・(うさぎ年なので、この道の名前に魅かれました・・・ってうそ)
を通って、下山開始。途中から、登ってきた川原谷に戻るコース。

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↑ うさぎ道 標識

今回の登山で、祐太郎との登山は、これで5回目。
8月:高千穂の峰(霧島)
9月:宝満山(竈戸神社から)
10月:久住山
11月:英彦山
12月:宝満山(難所ヶ滝)
毎回、登り始めは、相当に不機嫌で、私が体力に物を言わせ、
かなりうるさく文句をいっている息子を、(前半は)手をぐいぐい引っ張って登り、
途中からは、少し先を行って、あきらめてもらい、ゆっくりついてきてもらうよう、登ってきました。

しかし、今回は、ほとんど手を引っ張って登ることはありませんでした。
うーうー いう文句も少なかったかな。

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午後2時下山開始、いつものように下りでも途中何度も”へたり”ながらながらの祐太郎の下山でしたが、
2時間20分後には、駐車場に到着。

私の携帯電話の万歩計は32800歩あまり。
6時間余りのトレッキングでした。地図を見ると、ほんとにいろんな(トレッキング)コースのある山々で楽しい時間でした。

次、1月25日、、たぶん再挑戦。
雪よ降れ、寒波よ来い(恋)。
祐太郎くんにも改めて付き合ってもらいましょう。また、うーウー言うかな。

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来年の予定?

2014 年 12 月 26 日 コメントはありません

今年最後の出張で大阪まで来ています。
一昨日の朝、事務所のみんなを集めて来年に向けての私の考えていることを話しました。

年が明けてから始めるリンカーズさんの事業
そして、GxP QA コンサルティング業務の 東京事務所計画。
それに伴って、現在雇う予定である1名に加え、もう1-2名の増員を計画していることを話した。
資金繰りを行うための準備、人を雇うための準備を年末年始はやることになる。

途中の仕事もあるので、忙しい年末年始になるが、、、でもいつものとおりかな?

年が明けて1月はというと、日程が決まっているバンクミーティングが1件、
決まっていないものが3件。すべて顧問先の案件で、1月はヘビーな案件が重なっている。
それに加え、監査の業務も・・・あけといて・・が2-3件あるがまだ、日程を決めないうちに、予定を入れられそうな日が一日一日減ってきている。

考えただけで、可処分時間を超えた仕事量になってしまっているが、
さて、どうなるでしょう。

いつもなんとかなっていくので、
頭(脳)に汗をかくくらい考えて、乗り越えたいと思います。
来年も突っ走ります。

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アスリートと呼ばれてみたい

2014 年 12 月 23 日 コメントはありません

朝4時に起床して、仕事を少々やって、5時30分こらからランニング。
ほぼ日課のようになりました。

今朝も5時をすぎると時計をちらちら見てしまい、、、どうも体は走りたがっているようでした。時間を少しずらして、午前6時、、大山祇神社までのコースへスタート。ここんところ寒い日が続いていたので、今日は霜もなく温かかった感じです。

最近、グレートレースにどうも目が行きます。今まで運動・スポーツはずっとしてきたけど ”アスリート” の域にはどうも達していない。

私も欲張りな性格で(ビジネス、生活、社会の中で)いろんな ”したい” ことがありますが ”アスリート” もその一つ。「アスリートと呼ばれてみたい」が欲。

牧崎茂 51歳、いろんなところで肉体的な衰えも感じますが、グレートレースを見ると、まだまだ可能性を感じてしまう。これがモチベーションとなって、朝のランニングになってます。

来年はフルマラソンで3時間30分台、100kmで10時間台、それに萩往還の140kmに加え、どこかで200km超のレースにも出てみたいと思っています。

この気持ち(モチベーション)、続いてくれるといいな。

いつかは”アスリート”

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自分新聞

2014 年 12 月 21 日 コメントはありません

Facebookの自分新聞です。
なかなか面白い。

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鳥栖市手をつなぐ育成会 ふれあいクリスマス会

2014 年 12 月 20 日 コメントはありません

今日は鳥栖市手をつなぐ育成会のクリスマス会

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年々、参加者が減ったり、本人さんの年齢幅も大きいので、
中身に非常に苦労するクリスマス会ですが、今年もなんとか開催することができました。
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今年は、ショートバージョンで、
体育館で子供たちにゲームで楽しんでもらい、

2階の研修室で、地域の福祉サービスについての勉強会。
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来年はまた、趣向を考えないといけないけど、
さて、どうするか? 
手をつなぐ育成会は、古い団体ですが、会員が減り、高齢化。
今まで活動してきた努力が、徐々に報われ、福祉サービスが充実してくると、
以前は、身近な相談相手だった、親の会(育成会)の存在意義が薄れてきているようです。

それはしょうがないこととして、
障害者の権利擁護を含め、まだまだ、必要な福祉サービス、
そして何よりも、「障害者の社会モデル」の周知については、今から始まったようなもの。

会の存在意義を示しながら、
みなさんの意見を代弁する存在でなければならない団体ですが、
苦しい状況は続いてます。

若いお母さんたち、集まってくれないかな・・・

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青島太平洋マラソンを振り返り

2014 年 12 月 15 日 コメントはありません

昨日の青島太平洋マラソン。
結果は3時間42分16秒 自己ベスト。。。と思いきや、
6年10か月前の出水ツルマラソンの記録を見ると、3時間42分12秒。
4秒事故ベストに足りなかったことが判明。

しかし、この4秒はどうでもいい感じもしてます。
やっぱり、3時間30分台の記録、、、あわよくば3時間20分台の記録がまだまだほしい。
そう思うと、いずれにしても、まだまだの記録で、
ここでやめずにもっと練習しろ・・・っといわれているような記録です。

ちょっと休んで、目標とする次のレース探さなきゃ。
ということで、2月のマラソンを探すこととします。

レースを振り返ると、
午前5時40分ごろ、大会会場の駐車場に到着。
それから、7時までは仕事や食事をしながら車の中でリラックス。
いつになく緊張感もなく、かなり自然体で、開始を待つことができました。

自然体・・がいいんですよね。
この自然体は、練習量に比例するので、練習できていれば・・の話ですが、
今回はよく練習できていました。(我ながら)

結果として、あそこでこんな練習しとけば・・と思うこともありますが、
それは次の練習の課題にとっておくこととします。

午前9時ちょうど、スタートの合図があり、一斉にスタート。。。
でも、かなりの人数でもあるので、ピストルの音からしばらくは
ほとんど動かず、、、
歩行開始、、、
のろのろ走り開始、、
といった感じで、スタート地点までが1分45秒。

そのあと、最初の1kmまでが、8分56秒?でした。
1kmを過ぎてからはスペースができてきて、まずは、マークすべき人探し。
5分/kmくらいで走る人を探して、とりあえずついていこう。
そう思い、短パンランニングの私よりは年上かな・・と思うランナーに付き、その後の5kmを走りました。

1km5分と思っていたら、
この人、4分50秒/kmのペースで走っていて、
5km過ぎるあたりから、ペースアップしていきました。

なので、いったんその人から離れ、別の人を探し、
その人とほぼ並走。

この人は5分ちょうどでしばらく走っていたけど、
途中から、一緒に走っていた人のペースが落ち出したので、そのまま前に出て、
ビアマンの着ぐるみの選手につき、走る。

ビアマンへの声援はすごく、
私もその声援の元気をもらいながらしばらく走りました。

そのあと、14km過ぎあたりから、何故か、私のほうのペースが上がりだし、
いかんいかんと思いながら、4分50秒くらいのペースで、走り、
気がつけば、20kmのラップでも1時間39分(グロスで)ハーフも1時間44分で通過。
ネットの記録でいけば、1時間40分くらいではしっている。私にしては少しハイペースの走りになっていました。

それでも、あまり飛ばさないよう5分/kmを心がけながら、
25kmを1時間2時間04分、
30kmを2時間30分ちょうど で走りぬけました。

このあたりで3時間30分台で走れるかもと思い、
自己ベストは硬いな。。と油断したような気持ちになり、
とまりさえしなければ、自己ベスト、3時間30分はでる。。。そう思いながら走りました。

しかし、31km過ぎからの失速は。。。またか、、というくらい、足がとまり始め、
おまけに、足の甲のアーチのところが痛み出しました。

いつもは、練習の1.5km~2.3kmあたりで出現する痛みで、そのまま走っていると治るんですが、
この時出た痛みは31kmすぎ。

結局、個の痛みは最後まで続き、(実は今も痛い)
苦しいランが始まりました。

ここから、トロピカルロードに入り、普通なら気持ちのいいコース。
しかし、昨年と同様、かなりきつい。
粘れる足が残っていませんでした。

右のハムストリング、
両足のふくらはぎも、痙攣の信号を出し始めたので、
足が痙攣しないように、だましだまし、、走りました。(ゆっくりになりますが)

しかし、遅かった。
いつもの事とは言いながら、
失速のレベルがはなはだしい。。

結果、グロスでは3時間44分ちょうど。
最後の12kmに1時間14分もかかってしまいました。
でも、考えてみると、6分10秒くらいでは走っていたみたいです。
しかし、相当に遅く感じたし、きつかった。

マラソンの最後の2.195の長さかな。。とか、
練習で40km走をしようとして、30kmでやめた、
30km走をしようとして20kmでやめた、

ぁの2回の練習が悔やまれます。

それと、減量・・途中まではよかったけど、
最後の詰めが甘かったかな。。目標の体重にはいきつきませんでした。

こんな課題の残ったレースでしたが、
課題が残って良かった。

すこし休んで練習を開始すれば、
また気力が戻ってくると思うので、それでなんとか再挑戦に入ろうと思います。

来年は、本格的なウルトラとトレイルにチャレンジします。
5月:萩往還140km
7月:霧島エクストリームトレイル60km
9月:富士登山レース 5合目コース
他はいつもと一緒。かな。

でも2-3月にフルマラソン探さなきゃ。やっぱり。

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