紫(むらさき)プロジェクト

筑紫野市商工会で進めている”紫(むらさき)プロジェクト”
私も専門家として参加させていただいています。

商工会のメンバーが中心となって絶滅危惧種の”紫草”の栽培を手掛けています。
そこから地域振興、産業振興の種を膨らませていこうとするプロジェクト。

このプロジェクトについて、いろんな角度から話すことがあります。
時間があれば、ゆっくり、この話も書きたいのですが、今日は一つだけ。

紫と書いて”ゆかり”と読みます。
古今集にある「紫の一本(ひともと)ゆゑに武蔵野の草はみながらあはれとぞ見る」
(紫草が一本あるがために、武蔵野に生えている草は皆いとしいと見えるのです)という歌から、「紫」は“縁(ゆかり)”の色とされています。このことから、紫は縁結びの色であるといえますが、

同じ縁でも、額田王と大海人皇子の有名な歌からは、紫の不思議な魔力を感じさせます。
 「あかねさす紫野行き標野(しめの)行き野守は見ずや君が袖振る(万葉集)」
 「紫草のにほへる妹を憎くあらば人妻ゆゑにわれ恋ひめやも(万葉集)」
天智天皇の妻であった額田王との天地天皇の実弟の大海人皇子との関係をうたった歌ですが、一旦引き裂かれた二人が未だに紫(ゆかり)で結ばれていることを示す歌のようです。
紫は強力な縁(ゆかり)の色であるということでしょうか。
(うたの訳)
 茜色のあの紫草の野を行きその御料地の野を歩いているとき 野の番人は見ていないかしら ああ あなたそんなに袖を振ふらないでよ
 紫草のように香れる君がもし憎かったなら いまは兄の妻の君を どうして恋い慕うことがあるものか

 更科日記でも、源氏物語の一節に「紫のゆかり」というものがあったとされています。具体的にどの部分を指すのか、どういう内容だったのかを示す記述はないのですが、源氏物語の”若紫”の話が有力なようです。
これも、どちらかというと、複雑な恋愛のお話なので、“紫のゆかり”から、紫(むらさき)の魔力ような、人と人とをひきつける力を感じます。

私も紫の色の魔力に魅せられてしまっているのかもしれませんが、
このプロジェクトに魅せられています。

大好きな朝の時間

もともと、朝は早いのですが、
休みの日の朝の時間は特にいい。日曜日。

本当に静かな時間です。

このまま時間がゆったり流れてくれるといいのに・・・と思います。

さて、仕事を始めるか。
たーくさん、仕事残ってます。

今日一日

今日は、朝4:30起床
仕事を少しこなして、6時過ぎから、超スローペースでランニング。たぶん3.5kmくらい。
しかし、足の違和感はまだ残っていたので、まだまだリハビリは続いている感じ。

そのあと、スクワット200回、腕立て伏せ50回、それから、ダンベル上げでしばらく時間を使って、最後に深ーい、ゆっくりの腕立て伏せ10回で仕上げ。途中は、野球の素振りを少々。・・・しかし、十分に走れないと、汗の量はすくない。

そのあと、1週間のうちに山のように届く文書の整理、机の周りの整理をしながら、優先順位の低い仕事を整理。
しかし、これが終わらない。

朝は、区のリサイクルに参加しようと思っていたのに、子供のご飯作りと、部屋の整理をしていたら、すっかり忘れてしまってました。

そのまま11:30すぎ、午後からの諫早湾干拓農業者の審査委員会に出席するため、諫早へ。
会議は13:30からはじまり、長くなりそうでしたが、

牛津で、通夜に行かなくてはならなかったので、会議を途中退席。4:45ころ。

18:00から通夜に参列。(佐賀県手をつなぐ育成会事務局の方のお父様)

その後、20:00から区の班長会。

今日も、忙しい一日でした。。。。明日へ続く。

本当にやり場のない悲しみ

昔、海外を飛び回る企業戦士を夢見ていた時代が私にもありました。
今でもそのけ(気)はあるのかもしれないけど、今回の時間は本当に悲しい。

テロとの戦いとはいうけど、テロを行っているほうも正義を盾にしている。
掃討作戦を実施したアルジェリア軍も、人の命をどう思っているのか。

戦争中の日本もそうだったのかもしれないけど、その中では人の命は軽い。
しかしアルジェリアは、戦争中だったのか?

怒りをぶつけるところのない、悲しい事件。
夢が砕かれるような。。

よくぞ、生還してくれました。
http://toyokeizai.net/articles/-/12678?page=2

私のQAの仕事

昨日は、日帰りで東京出張。

ベンチャー系製薬会社の臨床試験のQAの仕事のお手伝い。
再来週改めて臨床試験を行った病院を訪問してデータ調査を行います。

こういう仕事もしているのですが、
仕事として考えると、かなりニッチな市場です。

国内で、独立してこんな感じの業務(臨床試験のQA)を受けてやっているのは、日本では私くらい。
とはいえ、俗にいうCROという業態の中でも、同じ業務受託はできるので、競合は多いのだけれど、

欧米には私見たいな独立系のQAコンサルタントはけっこういるので、
海外のベンチャー企業には、日本で仕事をする場合、使いかっての良い存在になっているように思う。

私自身ももう少し、企業的に仕事を受託できるようにしたいとも思うが、
中小企業診断士の仕事と両立しながらやっているので、時間もさけずこれがなかなか難しい。

セミナーとか、コンサルタントをやっている中では、
企業や施設の方に「選択と集中」とかいっているけど、それが自分にはできていない。

ここにも、自分の優柔不断さがあるように思う。

どうしたものか。

もうしばらくリハビリ (ランニング)

本日、鳥栖のロードレース10kmを走ってきました。
結果は49分9秒?
まっ 50分を切って走れたので、練習不足の割には満足な結果でした。

しかし、

足の肉離れのあとの違和感はまだ消えておらず、
走り終わった後は、ちょっとした痛みになっていました。

なので、走ることはできたけど、まだ完治はしていない状態のようです。

休んでしまうのは、盛り返すのに相当時間がかかるので、休みたくはないのですが、
膝から下は、本当にしばらく休ませる必要がありそう。

ちょっと、悔しいというか面倒だけど、がまんの必要がありそうです。

Positive Thinking Debunked

Positive Thinking Debunked

ショッキングというか、意表をつくタイトルの記事ですが、
私の参加しているToastmasters Clubの会報の記事です。

Positive Thinkingを否定しいるようなタイトルですが、完全に否定しいるわけではない。
この記事の中では、

Negative Thinking では、いいことをもたらすことはない。
Positive Thinking でも、不正確 といういいかたできっています。

ではどういう風に考えればいいの? ということで、

この記事の中ではRealistic Thinking 
という考え方を勧めています。

Realistic Thinking といのは、
いえば、Positive Thinking の中の一つの具合的な方法ということになるとおもいますが、

中には、反省というNegative Thinkingのエッセンスも盛り込みながら、
より現実的に、次のステップを考えるというもの。

たとえば、トーストマスターズクラブの例でいくと、
Negative Thinking (Self talk)では、
「全然、うまく行かなかったな」
「全然整理できていなかった。ダメダメ」
「あー自分はなんてへたくそなんだ」

こんな考え方、。。。まったくの Unproductive (生産性 ゼロ)

また、Positive Thinking (Self-talk)でも
「今日のスピーチはよくできた」
「みんな、うなずいて共感してくれた」
など、思うことはよいことだけど、

こう考えたろころで、なんにも産まない・・・・ということで、
このレベルで終わっているPositive Self Talkは、Unproductive (生産性がない)

この両者を冷静にとらえて、
もっと建設的に
「次はもう少しうまくしゃべろう」
「つぎ、うまくしゃべるために、毎日10分間づつ練習しよう」
「そして、昨日のスピーチよりうまくしゃべろう」

こういう風にかんがえていくのが、Realistic Thinking (Realistic Self Talk)

単にpositiveに物事を考えるだけでは、自分は成長しない。
成長するためには、もっと現実的に、問題をとらえ、アクションプランニングもしないといけない。

これも、きっと、考え方の練習。
モチベーションを高めるためには、Positiveにものごを考えることは必要だけど、
成長するためには、ちゃんと現実も見て、次の行動に進めていきましょう。

Realistic Thinking

もう一つあったワクワクしたこと

そういえば、もう一件、昨年ワクワクしたものがありました。

それは、真珠の耳飾りの少女を見に行ったときのこと。
なんとなく、本当に会いたい人に会いに行った感じで、美術館についてワクワクしながら、絵に対面するのを待ったきおくがある。

よくわからないけど、魅惑というのか、魅力のある絵でした。

微妙な駆け引き 

微妙な駆け引きといっても、自分の体のことなので、
意味は私以外の人とは、ちょっと違う意味かもしれない。

年末にふくらはぎの軽ーい肉離れで、ランニングができなくなった。
その後、一週間、二週間とすぎ、ついに3週間目にはいっている。

1週間後には、ふくらはぎの痛みは消え、
2週間後には、その間でた腰痛も消え。
3週目で走れるかと思いきや、
ふくらはぎの肉離れの個所には、いまだに違和感があり、全力では走れない。

体が収まらないので、2-5km程度、負傷個所に負担のかからない程度で走ってみる。
すると、走れるけど、やはり、その個所にはダメージが残る。。。。やはり安静がよかったのか。。。
反省もするけど、他にできることは?他にトレーニングできることは?。。。などなど考える。

次の日曜日は、鳥栖のロードレース 10km
なんとか走りたい。練習しないと、走れないとおもうので、なんとか走りたいけど、走ると傷口が悪化する可能性を感じている。

今朝も、一度走り出したものの、足の違和感があり、昨日よりも強い気がしたので、次の日曜日のことを考えて、今日は自重。
明日、また試してみるが、自分自身の体との微妙な駆け引きが続いている。
とりあえずは、日曜日の10kmは走るつもりだけど、足は、よくなっていてほしい。

頼むから、早く良くなってほしい。
鉄人になりたい”虫”が騒いでいる。

早くトレーニングを再開し、山を走ろう。

ワクワクする”とき”

先日、友人から、「去年ワクワクしたときってありました?」と質問された。

言葉を返すのにしばらくかかったが、少し考えて、2つほど思いついた。

◆一つは、「100kmマラソンへの挑戦」
それまでの42.195のフルマラソン経験は10回。

普通、フルマラソンでも相当きついので、これ以上の距離を走るなんて考えられないし、
イメージとして、明らかに限界を超えた距離のように思えた。

しかし、42.195kmより先の世界、
その先、自分はどうなっているんだろう、

そんな興味が、この挑戦へのワクワク感を持たせてくれたように思う。
初マラソンの時もおんなじかな?

結果、42.195kmを4時間10分ほどで通過して、そこからは、1km、1kmが自己ベストの距離。
50kmをすぎ、60kmをすぎ、そして友人がリタイヤした70km。
これをクリアした時、残り30km ”走れる”ことを実感した。いけるいける。。。。

きつかったけど、ワクワクしてたな。。。この時。と思い出しました。

◆2つ目、正月、”鳥栖の50年後ビジョン”というのを自分なりに考えてみた。
そのうち、このブログにも書きたいと思うが、鳥栖三養基地域ビジョンなるものが、正月の配り物の一つに入っていた。

内容はというと、
ありきたりの言葉しか書いてなく、まったく、将来像をいイメージできるようなものではなかった。

ビジョンというからには、みんなが形をイメージできるようなものでなければならない。
そう思い、自分の思うがままに、筆を走らせてみた。

いきなり施策的な内容になっているものもあり、まだまだビジョンとしては不完全だけど、
個人的にワクワクしながら書き進めることができた。

ちなみに、書きだした項目は、下記のとおりであるが、
自分は、”何かを構想している時間が好きらしい”
ということに気づかされた一瞬だったかもしれない。

というと、紫プロジェクトも気になる・・・それはさておき。

①国際都市“鳥栖”の実現
 (サブテーマ:コンベンションシティ鳥栖)
②地元を愛する中小企業の育成 
 (サブテーマ:第二の久光製薬の育成を目的とした起業家育成鳥栖モデル)
③まちづくり株式会社“鳥栖”の実現
 (サブテーマ:市民協働とソーシャルビジネスで地域を支える鳥栖モデル)
④日本一の福祉のまちの実現
 (サブテーマ:障害者・高齢者を地域で支えあう地域福祉鳥栖モデル)
⑤新しい価値観と子供の教育
 (サブテーマ:鳥栖版“什(じゅう)”で子供たちに新しい価値観を醸成)

いずれにしても、
この2つ、昨年から今までで、ワクワクした時の2つ。

この2つとも、もっと膨らませて、これからもっともっとワクワクできるようにしてみたい。

今日は終わり。