9月27日 脊梁トレイル (35km)を走ってきました。

投稿が遅くなりましたが、今回の記録は6時間17分
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チョーきついコースで、更に足底腱膜炎痛もきつくて、つらーいレースになりましたが、なんとかゴールまでたどり着くことができました。 
走り終わって、今は幸せ!!

スタートから15km付近までは、ずーっと登りのコースで、15km付近では、足底の痛みも相まって、めまいすら起こしてしまうようなコースでした。(実際、途中めまいのような”よろよろ感”がありました)

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「山の鉄人レース」という通称にも、納得のコースでした。

スタートから、5kmほど、ロードなのですが、ここが既に急な上り坂で、いきなり心臓破りの坂、そのあとも登山道に入り、上りは延々と続き、五ヶ瀬のスキー場(ここが最初のエイド)まで。

そのあとは稜線伝いにはなりますが、登り、下りが連続して、17-8km付近まで、この間の1kmの遠いこと遠いこと。
19km地点で私のタイムでちょうど4時間。この時点でへろへろ。

この間、足底剣幕炎痛は、左足だけでなく、右足にも襲いかかられて、走れなくなって途中収容も覚悟しました。途中で倒れるかも、、とも。

走っている間も、「いてててっ」 を何度連発したことか。。

それでも、最後の山だったか、三方山を過ぎてから、平坦な道が増え、少し楽になってきました。
それに、後ろから抜いていく方に「足痛いんですよ、、先に行ってください」と抜かれ際に声をかけたら、
「いけるところまで やね」っと。

リタイヤが頭に浮かぶような痛みだったのですが、なんとなく、この言葉で、気持ちが楽になり、
そこで、最近覚えた足底に負担のかからない走り方があったことを思い出し。。
自己流ですが、”ベアフットラン”的な、走り方に切り替え、ぺたぺた、ぴょんぴょん、30km地点まで、リズムを捉え、比較的スイスイ走ることができました。

これで完走できることを確信し、足の痛みに耐えながら、ゆっくりではありますが、ゴールまでたどり着きました。
それでも、最後の5kmのロードは痛かった。・・

もう一つ、嬉しかったのは、霧島えびのトレイルの時に、一緒だったメンバー(K藤さん、Y尾さん、Sちさん)も、今回は、みんなゴールまでたどり着きました。
(写真はスタート前の写真)
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ゴール後、みんなで「走り終わると、幸せだね」っと納得しておりました。

きつーいレース(脊梁トレイル35km)でしたが、また、いい思い出ができました。

次は10月18日、四万十川ウルトラマラソンの予定ですが、
足が痛いのが続いているので、、、どうでしょうね。我ながら不安になってきました。

今度は、1週間、みっちり休んで、足の痛みの回復を待ちます。
そのあとは、いけるところまで行く。これしかないですね。

リンカーズの仕事で延岡へ

今日は会社で契約して、お手伝いをしているリンカーズの仕事で、延岡へ。

目的は宮崎県工業会北部支部のかたへのリンカーズの事業の紹介。
発注元としては、大手さんが多いのですが、
開発パートナー、OEM先などを探す企業と技術を持つ中小企業とのマッチングを進める事業です。

この事業の九州統括コーディネータとして、案件成立を促進させる事業ですが、
九州の中小企業とのマッチングがなかなか進まないのが悩みの種。

しかし、いろいろ作戦も考えながら、案件の紹介先を探すのも仕事。

これからもときどき書かせてもらいたいと思いますが、
まずは、この事業を知ってもらうことが大切のようです。

https://linkers.net/tops/about/owner

頑張ります。

霧島えびのエクストリームトレイル(60km)走ってきました。

霧島えびのエクストリームトレイル(60km)完走しました。
記録証をもらうのを忘れました(あったのかな?)が、
記録は12時間23-4分 くらいでした。

悪天候、悪路のなか、気持ちをおらずによく完走(踏)できました。
終わってからは、自分を少しだけ褒めてやりたくなりました。

今日のこのブログでは、ランそのものについて書きますが、
別に2つ?ほど、おまけを書きます。

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まずは、記録を整理しておきましよう。
前日、車中泊でとなりの車の方たちと前夜祭。
かるーくのつもりが、、缶ビール4つ。。。この話は、後ほど。

このビールが効いたのか、寝てから何度か、トイレに行きたくなり、
最後は午前2時15分ごろ起きてしまい、そのあと眠れず、午前3:30分、出走準備に取り掛かりました。

天候は雨
スタート時には、ドローンも飛んで撮影する予定だったらしいですが、
雨のため、上空からの撮影はなし。

そして、午前5:00 雨の中、スタートしました。
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スタート後20分くらい、ロードを走った後、
いよいよ最初の山の中へ、
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天気も悪かったので、
明りをもって走ってくれているランナーに
足元を照らしてもらいながらの山道、、、
ここでは、当たり前の話ですが、渋滞が発生し、急ぎたい人も順番に並んで歩いてこの山道を通過。

私自身は、全体的に、前半は体が重く、
第3エイド(35km地点)以降の後半、調子があがり、なんとかゴールに辿りつくことができました。
写真は、調子があがり完踏に自信が出てきた35kmすぎの硫黄山山頂からです。
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早く走る人は、前列から出発して、こういうところは飛ぶように走っていくんだろうな、、などと考えていました。

しかし、タイムを見ると、
最初の20kmくらいは、下りでのコースだったので、後で結果を分析してみると、
このあたりは、かかる時間も他の登りのコースに比べると、かなり短い時間なので、
周りに合わせてゆっくりいって大丈夫。なところのようでした。

とはいえ、リズムをつかむには大事なところなので、タイムを狙おうとすれば、
最初から前にいれば、それだけで、1-2時間のタイム短縮は可能かもしれない。。そんな風に感じました。

とはいえ、やはり、大事なポイントは、
第2関門と第3関門の間と
第4関門からゴールまでの2区間の登り。

時間からすると、ここの時間を短縮できるかどうかが(いかに山を早く登りきるか)、
ポイントとなるようです。

こういうのを分かって走ると、
同じコンディションでも、2時間くらいは短くできたんじゃないか、、そんな気もしました。(ははっ 自力を過大評価してます(笑))

ということで、
私の記録を振り返ってみると、
(ラップをきちんととってないので、あくまで記憶の記録ですが)
スタート  (0km)      5:00分 雨
第1エイド(12.1km地点)  1時間41分(6:41分)雨→雨
第2エイド(24.2km地点)  3時間44分(8:44分)雨→曇り
第3エイド(34.3km地点)  7時間11分(0:11分)曇り→一次晴れ→雨
第4エイド (48.0km地点)  8時間39分(14:39分)雨→曇り
ゴール  (60km)   12時間23分(17:23分)曇り→雨

予想外だったのは、第4関門からゴールまでの所要時間が2時46分で
予定より、1時間近く短く走りぬけてます。

第3エイドを過ぎてから、いけるかもしれない、と思った瞬間から、
元気が出てきたみたいで、後半、調子が良かったみたいです。

今回の霧島トレイルのポイントは、これ。
”泥”との戦い。

コースが荒れて、完全に悪路と化し、これに合わせるように
全体的にスローペースになってしまい、結果を見ないと分かりませんが、
タイムオーバーの方が続出したんじゃないかと思います。

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コースは泥でよく滑るところが多く、どろどろになっていない、コース横を通ろうとして、木の枝や根っこを蹴飛ばしてしまったり、膝をぶつけたり、、

泥んこの時には分かりませんでしたが、
風呂に入って、痛みとともに傷に気付いた次第でした。

悪路で、非常に印象の悪い大会で、山が嫌いになりそう。。。と呟いていたら、
出ました出ました、女神さま
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56km付近の六観音御池を見下ろす丘(火口のへり)から見えた、虹。
めったに見られない光景だと思いますが、山、湖、後ろから射す晴れ間のはざまで、
とてもきれいな光景に出合いました。

きついレースの中、こんなご褒美を頂き、しあわせなゴールにたどり着きました。
これも、ゼッケン444のおかげか?

山の神様ありがとうございました。
今回もいい経験をさせていただきました。感謝いたします。

わかくす杯 ふうせんバレーボール交流会

一日遅れの投稿になりますが、
昨日、近くにある「社会福祉法人若楠」主催の、第9回 わかくす杯 ふうせんバレーボール交流会が行われました。
毎年、うちの町(弥生が丘南区)でも、チームを編成し、参加している交流会です。

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基本ルールは、
6人制で、うち3人は車いすに乗る。
その3人は、手や足を使って(ふうせんボール)を触ることはできない。
ボールは6人全員が触れてから相手コートに返す。
一人2階までボールに触れることができる。

若楠療育園の重度の入所者に合わせたルールです。

参加メンバーは、若楠療育園の入所者+支援員チーム、通所で利用している親子チーム。青葉園(入所・通所 更生施設)、若木園(入所・通所更生施設)、グリーンファーム山浦(通所授産施設)、どんぐり村(通所授産施設)に、近隣の町で、弥生が丘東区、弥生が丘南区、柚比町が参加しました。
(例年参加されている今町チームと中原特別支援学校チームは今回はお休み。)

*:現在は、更生施設、授産施設という呼び方はオフィシャルにはしませんが、昔の言い方ですが、このほうが現在の区分名より説明しやすいので、この表現にさせてもらっています。

ふうせんを使ってのスローな、簡単そうに見える競技ですが、
ボールは思うように動いてくれないので、意外と難しい。

障害者と健常者が一緒になって、楽しめるおもしろい競技です。

優勝は、若楠療育園のチームが初優勝。青葉園等のいつも苦戦しているチームも、今回は優秀な成績でした。
なので、いつもにも増して大盛り上がりでした。

昨年までは、優勝もしくは準優勝を続けてきた名門のわが南区チームですが、
今回は出場10チーム中、8位。それでも、今回も新しいチームへの参加者を加え、楽しいゲームができました。

うちの祐太郎君(自閉症)も楽しそうでした。
うちの息子は、青葉園に入所体験の経験もあるし、小さいときからなにかと利用している施設なので、
青葉園の世話づきな利用者さん、若楠の職員の方たちもうちの息子のことをよく知っているので、皆が声をかけてくれました。

競技にも車いすで参加し、本人も楽しそうでした。
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阿蘇カルデラスパーマラソン 100km

少し遅れての投稿になりますが、
6月6日、阿蘇カルデラスーパーマラソンを走ってきました。
結果は11時間20分で、100kmマラソン6回目で自己ベスト更新。
今年に入ってから練習量を増やし、萩往還からほとんど休む間もなく練習を続け、この結果です。

目標としていた10時間台には到達できませんでしたが、自己ベストを6分更新できたので、満足です。

今回は、走りながら、
「追いかけない」
「競らない」
「歩かない」
を心がけ、自分自身に向き合って走ることができました。
完全、マイペース。ひとのペースに惑わされることなく、まっすぐに走ることができました。

4回目の劇阪

コースは、阿蘇のカルデラを4/5周、回るようなコースで、高低差の大きいけっこう、坂道に苦しむレースです。
私はこの大会4回目、一昨年、無念の怪我で途中リタイヤしましたが、毎年、このレースに合わせ4-5月は猛練習をしているので、
これでもかこれでもかとチャレンジを繰り返し、3回目の猛練習で漸く、初カルデラの時の自己ベストをクリアできました。

歳を重ねながら目指す、自己ベストは本当にハードルが高い・・・でも、まだまだいける。そう感じた、大会でした。

コース案内図

途中のラップは、頭に残った記憶が頼りですが、下記のような感じでした。
10km:57分
20km:1時間58分
(劇坂)
25km:2時間33分
30km:3時間05分
40km:4時間08分
(42.195km 4時間23分)
50km:5時間11分
(波野エイド通過:5時間24分)
60km:6時間30分
70km:7時間40分(7分/km)
(劇坂2)
80km:9時間00分(8分/km)
90km:10時間15分(8分/km)
100km:11時間20分

ペースは6分/kmを意識して、少し遅れるくらいは許容しながら走りました。
前半は50kmを5時間11分だったので、途中の劇坂を挟んでのラップとしては、意外とよく走れたと思います。
でも、やはり、ここで波野のエイドもできれば、4時間台で走りぬけておきたいところです。

来年以降のチャレンジにこの楽しみはとっておきましょう。

どこだかわかんないけど

たまには、こんな顔をしながら、、というか、完走することに自信はあったものの、
途中、膝や、足首が、痛くなってくるのを感じていたので、走行中はそのあたりに不安も強く感じていました。
でも、なんとか乗り切れました。

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走りながら、時より現れるカメラが来ると、ポーズを考えながら走り、笑顔でパチリ。
これを楽しみに走っているといってもいいかもしれません。ははっ

75km
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ゴール後は、ラン友のD津さん。
今年は50kmに出走していたとのことで、途中で抜かれましたが、私より少し前にゴール。
途中、応援もしてくださった奥様から写真をいただきました。

さて、これでも、まだ、スパルタスロンへの標準記録へはまだまだ遠い。
往生際の悪さを続け、まだまだ頑張らねば。。です。

次は7/19 霧島の山を疾走します。

萩往還マラニック140km 感想 その2 140kmコースのだいご味

しばらく萩往還140関連の話が続くかもしれませんが、ご容赦下さい。
来年への対策も含めて、いろいろ振り返っておきたいと思います。

萩往還140kmのだいご味は、真夜中の萩往還道で、5か所くらい(正確に覚えてないところが頼りないですが)の峠を越えていきます。
しかも、林道というか、ダート時より登山道的なコースです。

ここを一人で走ることを想像すると、ぞっとするようなコースで、沢山のランナーが走っていることを知っているから、なんとなく心細くなく走れてはいましたが、周りに光なし、ヘッドライトのみのひかりで前へ進まないといけません。

(走りながら、こんなとこ女性が走るもんじゃない・・・いやいや差別ではありませんが、・・などと思わせるような、真っ暗なコース)

それに、今回は雨、雨、雨、萩往還道に入って標高が高くなってくると、ガスもかかってきて、視界1mほど?と思うほど、先が見えず、ひたすら足元を照らして走りました。

今回は山中は常に2-3人ほどのグループランのようになったので、比較的明るく、心強くもありましたが、「こんなコースよく夜中に走らせるなぁ」などと、最初にこのコースを設定した人の(普通じゃない)”感覚”のすごさを感じました。

雨で怖いのは、前述の視界もそうですが、一番は体が冷えてしまうこと。
今回は、天気予報で、朝まで小雨の予報だったので、スタート時に着ていたレインコートも、途中で捨てて、ビニール袋の軽装で夜中を走ろうと思っていましtた。また、体を動かし続けて、体を冷やさないようにすれば大丈夫とも思って走っていましたが、

レインコートについては捨てそびれてというか、走りながら少し危険を感じ、最初の3-4kmくらいのところで脱ぎはしましたが、捨てずに、リュックに挟んで持っていくことにしました。(これで夜中を無事過ごすことができました)

萩往還道に入り、雨が強くなり、軽装(ビニール袋)だけでは、腕、足元が冷えるのはもちろんですが、体の芯が冷えてきそうな感覚を味わいました。いかんいかん・・と”ずぶ濡れ” のランニングウエアーの上から、レインコート着用しました。

「内っ側も濡れてるから意味ないじゃん」が、
普通のカッパ(レインコート)へのイメージですが、山登りの時もそうなんですが、防寒具としてのカッパ(レインコート)は大事なものでした。

普通、走り続けているので、カッパを着て走ると蒸れてくるものですが、そこが夜中のランで、それほどスピードも出せていないので、予想以上に体は冷えてました。

カッパを着て、夜通し走り、なんとかこの寒さににも対抗することができました。

午前、4時過ぎ?くらいだと思いますが、ぽつぽつとはまだ雨は落ちていたような気もしますが、漸く雨はあがり、またこの時間に最後の萩市街側の山の峠を越え、町(市街地)へ入ることができました。

途中、何度も道に迷いそうになったことは、昨日書きましたが、この”雨”も、今回の萩往還140の味付けとしては、格別なものがあったのかもしれません。

でも、
「満天の星空・・・見たかったなぁ」
「夜明けの朝日も見たかったなぁ」が 正直なところです。

萩往還マラニック140km 踏破

激闘と感謝 
今年もいい経験をさせていただきました。
この2つの写真が今回のレースを一番物語っているようです。

雨、100kmを超えるレース、夜の山の中、というだけで、激闘が当たり前のような感じですが、雨に悩まされ、体のあちこちがきしみだし、痛み出し、痛みに耐えかねて、最後の2時間を歩いてしまうなど、いままの人生の中で一番過酷なレースで合ったことは言うまでもないかもしれません。

レースはというと、84kmの夜明けのエイド付近までは調子良かったんですが、
そのあと、案の定というか減速。そして、105km過ぎからは、持病というかいつものところが痛み出し、最後の山越えは完全に歩いてしまうしまつ。
ここをどう乗り切るかが、これからの課題でしょうか。
しかし、きつかった。

それから、ありがたかった話。
5/3の午後6時にスタートし、どしゃ降りの雨の中、夜の11時すぎ?ごろ、萩往還道へ入りました。

夜中の山の中
雨、雨、雨、雨 で
雨があがったのは、午前4時ごろ。
一緒に走ってくれている人と「よく降りますね。晴れてれば光がないので星空もきれいだろうに。。」と何度となく会話しました。

写真で破れてしまっているのは、地図。
このレースでは、命の次に大事なものでした。

ところどころの曲がり角、交差点、山道へ入る地点。。などなど、
大切な情報はみんなこの冊子の地図の中。

このことを甘く見ていた私は、、、、ここからは本当に感謝です。
途中、道に迷っているところで、たまたま出会った写真のO野さん
私は、この方と55km付近から105kmの約50kmを一緒に走りました。
途中、他の出場者にも、道を間違いそうになった時助けていただきましたが、

ほんとに何度となく、道に迷いそうになったとき、助けていただきました。
無事に完踏できたのは、○野さんをはじめ、この方たちのおかげです。
感謝、感謝、感謝、感謝 です。

道に迷うたび、現在の走行距離、次の曲がり角までの距離、右か左か
このレースがどんなものか、地図がどんだけ大事かを学びました。
それから、この方たちに出会えた、自分の幸運を味わった大会でした。

この2つのことを味あわせてくれた、この大会に感謝します。
そして、今は少しだけ迷っていますが、来年は250kmを走ります。

そして、そして、めざせスパルタスロン・・いけますかね。
昨日のレベルでは無理ですね。まだ。

写真は雨でボロボロになった、地図とゼッケン。
と小野さん105kmのエイドでの写真です。

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萩往還140kmマラニック 準備中

本日(5/3)の18:00スタートで、
萩往還140kmマラニックに参加してきます。

初の100kmを超えるレースで少し緊張気味で、スタートを待っています。

準備はというと、3月末~4月初めの、ハーフ、フルのマラソンを含め、
4月の走行距離は408km、今年に入ってからの通算の走行距離は1497km。
万全とはいえませんが、そこそこの練習量なので、私なりには十分かと思っています。

7分/kmのペースで走る予定ですが(7分×140km=16時間20分)、
これで18時間以内のゴールを目指します。
さてどうなるでしょうね

それから気になるのは雨。
気温高めで、スタートから、約12時間は、降水確率80%超の予報。
雨具といっても体を冷やさないようにする道具になるのですが、ビニール袋、カッパ、どっちにするか、のチョイスに悩んでます。

それから、早く片付けないといけない仕事もいくつかあるんですよね。
なかなか、そっちに気持ちを向けられずにいますが、いかんいかんと思いつつ、しょうがない。
でも、なんとかせんといかん。

ま、これらのことに悩みつつ、
午前中のうちに、スタート会場へ移動し、2時間ほど車の中で休み。

15:00~の説明会、18:00スタートで夜通し走ります。

結果は、また、報告します。
また一つ、おもしろい人生経験になりそうです。

「風に立つライオン」を見て

ひっさしぶりに、映画を見に行ってきました。
「風に立つライオン」・・・やっと見れた。

映画を見ながら、自分のなりたかった職業。。プロ野球選手(小学生)、船乗り(高校生)、医者(浪人時)・・・を思い出して、”夢”とか”将来”とか、改めて考えさせられました。

この映画では、「海外に仕事で行って、何年か後には日本に帰る」
帰ることが約束されて海外に仕事に赴任しているそんな日本人が多くいます。いや、ほとんどの海外経験者がそう。

しかし彼の場合は、「アフリカに残ることを決意する」
”夢” を超越して、ほんとの仕事を見つけてその仕事を全うしようとする。
そんな姿がこの映画では描かれています。

「仕事って」何だろう。
「自分が本当に大切にしなければならないこと」って何だろう
「一生を使ってやりたいこと」って何だろう。

改めて、考えさせられました。

主題歌の歌詞の中にもある「日本人の失ってしまったもの」がそこにあったような気がします。
サラリーマンの生活がてっぺんにある日本人。

みんなとは言わないけど、
そのサラリーマンの安定志向が、現在の日本の文化になってしまっている。

60歳、65歳で定年。
定年後は何しようかな・・・。が普通の日本人。これがスタンダード。
ゆっくり休みたいな。

海外で仕事をしていたとしても、帰国後の余生のことを考える。
これが悪いとは言わないけど、しかし、これって本当の仕事?

人によってできること、できないことは様々だけど、
人の役にたって、人に必要とされて、仕事がある。

与えられた仕事を全うしようとすれば、時間が来たから はいサヨナラ はないよね。きっと。

医者という仕事。人の役に立つ原点のような仕事なので、こういう仕事ができるひとがうらやましいとも思う。

しかし、自分にできることは他にもあるはず。
できることを精一杯やって、人生を全うしたい。そんな風に思います。

久しぶりにとってもいい映画でした。

さて、私の仕事は?・・・紐を締め直して、頑張りましょう。
頑張れ!!・・自分。頑張れ!!・・自分。

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みやこんじょ さくらマラソン

シュワッチ!
ウルトラマンとたまたま通りかかった人たちと4ショットです。

今日は たのしめもした(^-^)v
タイムは98分47秒で、先週より1秒短縮。
アップダウン、めりっはりっ のきいた 楽しいコースでした。
こね調子で来週のさが桜も愉しみたいと思います。

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上記はFacebookへの書き込みです。
昨年、スパルタスロンへの出場資格を得る目的で、練習量を増やし、月300kmをノルマに練習してきましたが、
100km2回、フルマラソン、いずれのレースでも、納得のいくタイムを出すことができませんでした。

その反省で、昨年の10月半ばから、練習量を増やし、昨年達成できなかった、100kmのレースで、10時間30分というタイムをなんとか出したいと、月400kmを目標に練習してきました。

しかし、今年に入り、400km/月は、なかなか難しく、1-3月ではできてません。
1-3月は、昨年よりは走れているけど、+50kmの350km平均くらい。
なので、その効果も、胴も中途半端な状態で、昨年よりはいいタイムが出ているけど。まだまだ、目標達成には至っていません。
来週はさが桜でフルマラソンですが、3時間30分台が目標。
しかし、先週、今週のレースで、どうも練習量が足りていないような感覚があります。

いまさらじたばたしてもしょうがないけど、
とりあえず、近いタイムは出ると思うので、あとは体調管理と精神力・判断力で、なんとか、自己ベストを出したい。

しかし、これもスパルタスロンへのチャックポイント。
何としても、体を鍛え上げて、出場資格を得られるレベルまで上げていきたい。
頑張らねば。